「若者のミカタ」で売り出し中、大内裕和中京大学教授の「奨学金本」は盗用だらけのトンデモ本だった!(1)

 読者のみなさん、こんばんは。きょうから以下のタイトルのルポを何回かにわけてお届けします。ご意見、ご感想をお待ちしています。

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【「若者のミカタ」で売り出し中、大内裕和中京大学教授の「奨学金本」は盗用だらけのトンデモ本だった!】(1)

 大内裕和中京大学教授の著書『奨学金が日本を滅ぼす』(2017年、朝日新書刊。以下大内本という)をはじめて手にしたのは今年7月はじめのことだった。

 大内氏とは、2013年に『日本の奨学金はこれでいいのか!』(あけび書房、以下三宅本という)という著書を共著で出版した関係で、面識がある。ただ、会話らしい会話をしたのは、同著に収録した対談のときくらいで、その後はほとんど言葉を交わしたことはない。大内氏が『奨学金が日本を滅ぼす』という本を出したことも、本人から連絡がなかったこともあってごく最近まで知らなかった。

 大内本(『奨学金が日本を滅ぼす』)を飛ばし読みしながら半ばに差し掛かったころ、ふと手が止まった。見覚えのある文体がある。86頁1行目からの記述だ。


↑大内裕和著『奨学金が日本を滅ぼす』(2017年)

【大内本(『奨学金が日本を滅ぼす』)86頁】
(引用はじめ)

 日本学生支援機構の会計資料によれば2010年度の利息収入は232億円、延滞金収入は37億円、2014年度の利息収入は378億円、延滞金収入は41億円と増加傾向にあります。
 利息と延滞金で419億円(2014年度)もの収入です。そして日本学生支援機構の損益計算書を見ると、これらのお金の行き先は「経常収益」、つまり「儲け」となっています。これでは、延滞金をいくら回収しても、次に借りる学生の奨学金の「原資」にはならないのです。

(引用ここまで)

 自分(本稿筆者)が書いたものではないか。そんな気がした。書いたとすれば2013年に出版した『日本の奨学金はこれでいいのか!』(あけび書房、以下三宅本という)だ。同書を取り出してぱらぱらとめくった。直感は的中した。筆者が署名入りで記述した2章「ルポ・奨学金地獄」の90頁8行目からこう書いている。


↑『日本の奨学金はこれでいいのか!』(2013年、2章は三宅著)

【三宅本(『日本の奨学金はこれでいいのか!』)90頁】
(引用はじめ)

 日本学生支援機構の会計資料によれば、2010年度の利息収入は232億円、2011年度275億円、2012年度318億円。延滞金収入は2010年度37億円、2011年度が41億円、2012年度43億円と増加傾向にあります。
 利息・延滞金で年間360億円(12年度)もの収入です。そして、日本学生支援機構の説明によれば、これらのお金の行き先は「経常収益」、つまり「儲け」に計上されています。特に延滞金のほとんどは「雑収入」です。つまり、延滞金の回収にいくら励んだところで「原資」とは何の関係もないのです。

(引用ここまで)

 ずいぶん文章が似ている。

 「日本学生支援機構の会計資料によれば」という書き出しがまったく同じ。続く「2010年度の利息収入は232億円」も同じ。2011年度、12年度の利息については飛ばして、2010年度の「延滞金収入」は「37億円」とこれも同じだ。「2014年度の利息収入は378億円、延滞金収入は41億円」を付け加えた上で、「増加傾向にあります」がこれまた同じだ。

 改行して、「利息・延滞金で」の文頭を「利息と延滞金で」と若干書き直し、その後を2014年度のデータに差し替えた上で「・・・もの収入です」という文末は同じだ。「そして、日本学生支援機構の」も「そして日本学生支援機構の」と読点をいじっただけでほぼ同じ。その次の「・・・説明によれば」は「・・・損益計算書を見れば」に変わっているが、これに続く「これらのお金の行き先は『経常収益』、つまり『儲け』に」はまったく同じ。文末の「計上されています」を「なっています」と若干表現を変えている。

 さらに、三宅本の「雑収入」のくだりは飛ばして、「つまり、延滞金の回収にいくら励んだところで『原資』とは何の関係もないのです」という文が、「これでは、延滞金をいくら回収しても、次に借りる学生の奨学金の『原資』にはならないのです」となっている。表現を多少変えているが、同じ意味のことを述べている。

 文章の表現も構成も瓜二つだ。これは…と驚いた。 


↑大内本


↑三宅本

(つづく)