安倍晋三という人物の本質を知るための必読書『安倍晋三秘書が放火未遂犯とかわした疑惑の確認書』2

  安倍晋三自宅事務所火炎瓶事件の概要を、『安倍晋三秘書が放火未遂犯とかわした疑惑の確認書』(寺澤有著、インシデンツ刊)をもとにみていきたい。(前編1はこちら

 1999年6月15日 同日の安倍側と小山佐市・恵友開発社長側の面談内容は、6月17日付の「確認書」として文書で記録された。

 1999年6月22日ごろ 6月15日の面談内容を受ける形で、6月22日付の「願書」と題する文書を安倍側が作成し、小山氏側に渡す。1999年7月3日午前10時に下関市の安倍晋三事務所で、小山氏と安倍氏が面談する場を設けたい。ついては同日同時刻に安倍事務所に来てほしい--との内容。

 1999年7月3日 小山佐市氏と安倍晋三氏が1対1で面会。2時間くらい話をした(小山氏の証言)。

 1999年7月  7・3面会の内容を記録する趣旨で、1999年7月13日付の文書「確認書」が作成される。新下関ジャスコ出店希望路線変更について安倍氏が「最善を尽くす」などと発言したことなどが記載されている。文書の末尾に、安倍晋三秘書 竹田力の署名。「秘書」の部分にはもともと「代理人」とあったが、二重線で消して「秘書」と訂正されている。

 1999年8月 小山氏所有の絵画を安倍氏側が300万円で買い取る。佐伯伸之秘書が関与。これが恐喝にあたるとして小山氏は恐喝容疑で警察に逮捕される。後に起訴猶予。

 2000年6月17日未明 下関市の安倍晋三氏宅に火炎瓶が投げ込まれ、車を焼く放火未遂事件①発生。

 2000年6月28日未明 下関市の安倍晋三事務所に火炎瓶が投げ込まれる放火未遂事件②発生。

 2000年8月24日 安倍氏の自宅と事務所にそれぞれ火炎瓶が投げ込まれる放火未遂事件③発生。

 2003年11月11日 山口県警と福岡県警の合同捜査本部が、安倍宅放火未遂①容疑で小山氏と指定暴力団工藤会系高野組組長・高野基氏を逮捕。その後、②③の事件についても放火未遂容疑で再逮捕。

(続く)
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/547/034547_hanrei.pdf

安倍晋三という人物の本質を知るための必読書『安倍晋三秘書が放火未遂犯とかわした疑惑の確認書』

 総理大臣の地位に恋々(れんれん)としがみつく安倍晋三という人物の本質を知るための必読書がある。読者各位につよくおすすめしたい。

『安倍晋三秘書が放火未遂犯とかわした疑惑の確認書』(寺澤有著・インシデンツ刊)という電子書籍である。安倍晋三氏の自宅や事務所に火炎瓶が投げ込まれた20年前の事件を執拗に追うフリージャナリストらが、ついにその真相を暴く重要な証拠を入手、暴力団周辺の反社会勢力と安倍氏がきわめて近い関係にあったことをはっきりと確かめたという衝撃の報告である。まともな民主主義社会であればとっくに大騒ぎになっているはずだが、そうはなっていない。そのこと自体がもうひとつの現在進行中の事件といえる。

 同書に従って事件の流れを列記する。

 1999年4月 任期満了にともなう下関市長選挙が行われ、安倍氏の支援する現職候補(江島潔氏=現参議院議員)と有力対立候補・古賀敬章氏らが立候補、江島氏が当選する。この選挙期間中、古賀候補を中傷するビラがまかれる。

 1999年6月15日 安倍秘書の竹田力氏(元山口県警察幹部)と恵友開発(小山佐市社長)代理人(松浦氏)が面談。「古賀つぶし」の依頼が安倍秘書(佐伯伸之氏)を通じて小山氏になされたことを前提に話し合いがなされた。竹田氏は、代議士(安倍氏)含め小山氏と話し合いたい、安倍ー小山面談が実現するよう調整する、新下関の水族館や新市場工事の下請けは既に決まっているなどと発言、一方の恵友開発側は、工事の下請けを「すべて我々へ変更」するよう要求するーーことなどが記載された確認書が6月17日付で作成された。確認書には竹田力氏の直筆署名が入っていた。

(続く)