政策よりもイメージで圧勝した小池候補

 東京都知事選挙で小池百合子候補が圧勝した。多数の無党派票を獲得した結果だとメディアではいわれている。「女性だから」「子育てを支えてくれる」「防災に強そう」ーー街頭インタビューに答える支持者のそんな声が放映されている。

 小池氏に票を投じた無党派の少なからぬ人たちが、これらの好意的な印象を持っていたのだろうと想像する。イメージが政治を動かしていることはまちがいない。そしてそのイメージづくりに最大の影響を及ぼしているのは大メディアーーテレビ・新聞だろう。

 小池氏は、日本を戦前なみの非民主的で差別的、かつ好戦的な国にすることをめざす「日本会議」のメンバーであり、核武装を容認する発言を過去において行っている。かつ、ついこの間発言したことを平然と「発言していない」と否定する癖もある。自民党員でありながらそのことに触れず、まるで自民党とたたかっているかのような言動がまさに「ウソ」である。沖縄・辺野古の米軍基地などをめぐる利権に近いという指摘もある。

 都知事選の政策をみても、待機児童は「規制緩和で詰め込み可能にする」「原発推進」「カジノ推進」ーーと、とてもじゃないが、都民が喜ぶとは思えないような内容である。

 テレビをみない筆者にとって、小池氏から受ける印象はサッチャーのような好戦的で権力欲に満ち、かつ人の不幸や命に無関心な「冷たい女」である。

 それでも小池氏が格好良くみえてしまうのは、マスコミをつうじた演出に成功したからだろう。有権者にしてみれば、勝った候補に入れたという「高揚感」への願望のようなものがあるのかもしれない。税金を絞り取られ、自由を奪われ、雇用を破壊され、戦争の危機にさらされてもなお、そうした政策を自民党とともにすすめようとする候補を応援する。自分の首を自分で絞めているようなものなのだが、そうしたくなるイメージがつくられてしまった。

 イメージの時代だからこそ、批判を恐れず、理性で判断し、発言することは勇気がいる。その意義がかつてなく高まっていると思う。  

 澤藤統一郎弁護士のブログ「澤藤統一郎の憲法日記」最新の記事から、強く共感した部分を引用したい。

===
http://article9.jp/wordpress/?p=7261

 有権者は必ずしも理性的ではない。情報に操作され、たぶらかされるのだ。強いメッセージに踊らされ、つくられたイメージに流される。選挙結果はけっして冷静な選択ではない。民主主義とはそのよう危うさをもったものだ。戦前の歴史を思う。明治以来日本にも連綿と非戦論・平和主義はあった。しかし、開戦や事変のたびに、あっという間に崩れて主戦論・ナショナリズムが天下を席巻した。

国民が挙げて主戦論の熱気の中にあるとき、これに負けずに非戦論を貫いた人びとに心からの敬意を表する。北朝鮮がどういう行動をとろうとも、中国とのトラブルがどのように喧伝されようとも、そのようなときであればこその覚悟で9条を守り抜かなければならない、あらためての決意が必要なのだ。

4野党の統一ができたのは大きな成果だ。この共闘関係を継続して、信頼関係を深めていくことが、今後の最大の課題だ。この点に揺らぎがあってはならない。これ以外に野党勢力を伸ばす方策もなく、改憲阻止の展望も開けてこない。