日本を覆う暗さの源をキューバで考える

 読者のみなさん、こんにちは。しばらく休筆していました。黄金週間明けより記事を更新したいと思います。ご愛読のほどよろしくお願いいたします。
 
 4月上旬から下旬にかけてカリブ海のキューバを訪問していました。ご存知の方も多いと思いますが、キューバは1492年にコロンブスらスペイン人の航海者らによって「発見」されて以来、苛烈な植民地支配を受けてきた国です。スペインから独立した後もアメリカの属国として搾取を受け続け、ようやく1959年の革命によってアメリカ支配からの独立を勝ち取ります。

 銀行や大企業を革命政権が接収し、住居・学問・医療の無償化を実現したことはよく知られているところです。

 アメリカとの国交断絶は半世紀以上も続き、その間、アメリカ政府やCIAによる政権転覆工作が何度となくなされてきました。そして先日、アメリカ・オバマ政権はキューバとの国交回復を行いました。

 過去の植民地支配のすさまじさは、キューバには先住民の痕跡がほとんどなくなっていること、言葉もスペイン語しかなくなってしまったこと、食文化も非常に浅いことなどをみただけでも想像を絶するものがあります。

 音楽にしても、キューバ音楽というのはヨーロッパ人とアフリカ奴隷、そして北米人の持ち込んだものがごちゃごちゃになって出来上がったものです。

 そうした植民地文化に、帝国主義・植民地支配の果実にあずかった側の民であるヨーロッパ人たちが魅せられるというのはとても興味深い現象です。サルサを習いにくるヨーロッパの民はあとをたちません。

 ともあれいまのキューバです。ひとことで言うのは難しいですが、激変のさなかにあります。そして多くのキューバ人はいまのキューバを「よいところだ」とは決して考えていません。毎日の暮らしにも多大な困難があります。

 しかし、なにか日本にはないものがあるんだな〜と、ボロボロになったスペイン人がつくった町(ハバナ旧市街)をながめながら感じました。明るさというか、自信というか、ふてぶてしさというか。日本にはないそんな空気があるのです。

 一例をあげれば、キューバ人は大国文化の真似はしても決して猿マネはしません。音楽にしても踊りにしても、必ずキューバ流に作りなおして自分たちのものにしてしまいます。イギリス語にしても、発音が下手だとかといったことはまったく意に介しません。

 日本社会とのちがいは何か。大国であろうと対等にものがいえる政府をもっているということとも関係がありそうです。グローバル大資本や大銀行の支配からの独立度も高いものがあります。すくなくともキューバの空を外国の軍用機が飛ぶことは絶対にありません。

 かたや日本は日本中に米軍基地が展開しています。安倍政権はアメリカの傀儡政権といっていいと思います。

 ワシントンの関心を買い、傀儡としての地位を築くことでみずからの権力を維持しようとしている。そうみえてなりません。

 しかし、それだけだろうかとも悩んでしまいます。アメリカの傀儡政権を持つ国は日本以外にもたくさんあります。しかし、日本の暗さは格別ではないか。

 そこでもう少し考えみて思いいたったのが、国民の認識のありかたでした。外国の軍隊が日本中にうろうろしているというのは、常識的に考えれば、主権国家としては異常な事態であり、軍事占領下にあるとのかわりません。ところがそうした「常識的な認識」をする日本国民は、沖縄をのぞいてごく少数です。

 アメリカ軍に占領されているのに、そうは思わない、この基本認識の誤り。これこそが、日本を暗く重い社会にしている大きな原因ではないだろうか。

 そんなことを考えた次第です。