「釣り糸」

「釣り糸」

電光のように魚が食いつく
このときこそ糸の私はぴいんと張り
ひたすら魚の意のおもむくところを追究する
広い海の中で出会ったたった一匹の魚と
釣り糸の偶発的な出会い
どんなに多くの魚がいようとも
糸の先につながる魚と
魚につながる糸とただ一点にしぼられ
いま在ることを互いに知らしめられる
魚が深く入れば糸も深く入り
逃げようとすれば
するすると老猾に糸ものび
もはや逃れることも逃すことも出来ない
関係になってしまったひとつの課題
やがて互いに疲れきり追い切って
海の面にひき上げられ
糸と魚の共存ははずされる

『記憶の川で』(塔和子、編集工房ノア)より