東電から賃借している阿佐ケ谷地域区民センターで、路上生活者に「出て行け」と怒鳴った男性に思う

 3月11日午後、杉並区営阿佐ケ谷地域区民センターで興味深いできごとがあった。

 同センター2階には小さな机と椅子が4組おかれていて、だれもがつかうことができる。その一角で原稿を書いていたところ、一見して路上生活をしているとわかる高齢の男性がやってきて、隣の机のあたりで荷物を下ろした。荷物を整理したり一休みしているような様子であった。風呂に入っていないらしく体臭が臭ったが、すこし我慢すれば耐えられる程度であった。

 トランジスタラジオをぶらさげていて、小さな音でなっていた。これも気にならなかったのは、当時館内は相当そうぞうしかったからである。壁をうがっているような工事の音が間断なく響き、子どもの鳴き声や手で窓を叩く音がした。また隣の一角では囲碁に興じる男性らが、ジャラジャラと碁石を鳴らしたり大声を出していた。

 すくなくとも図書館のような静寂が求められる環境でない。

 だから、数分後、同じように机をつかっていた60歳〜70歳とおぼしき男性が突然大声をだしたのには驚いた。男性はあたり一帯にひびく大声でこう怒鳴った。

 「ラジオうるさいんだよ!」

 そしてこうつづけた。

 「うるさい、出て行け!」

  嫌悪感むき出しといった調子で、もっていたペンを机にたたきつけた。

 さらに「ルールが守れないんだったらここは使えないんだ。下に言ってやる」といって立ち上がり、1階の事務室に行きかけた。路上生活風の男性は恐縮した様子でラジオを切り、出ていきかけた。耳が少しとおいらしい。

 あっけにとられていた筆者は、黙っていられなくなり口をはさんだ。

 「ちょっとひどい言い方じゃないですか?」

 「だってうるさいじゃないか」

 「普通に言えばよいでしょう。あなたのは暴言ですよ。暴言はいけないよ」

 「いつも切るのわすれるんですよ。すみません」

 路上生活風の男性はすこし安堵した表情をみせ、そう言って緩慢な動作でラジオを切った。

 「出て行け」と怒鳴った男性も、もうそれ以上は言わなかった。

 男性は書き物をしている様子だった。路上生活者風の男性が横にきて筆の調子が狂い、イライラしたのだろう。匂いが気になったのかもしれない。

 筆者は、この阿佐ケ谷地域区民センターというのは東京電力のものであることを思い出した。杉並区が月額500万円で借り上げている。そして原発事故を頭に描いた。

 この人は東電に対しては同じような激しい調子で抗議しないのだろうか、と私は思った。むろん知るよしもないが、放射能より汗の匂いのほうが不快なのではないかという気がした。福島第一原発の事故がどれだけの迷惑をかけているかはいうまでもない。だが件の御仁にとっては、臭わない放射能よりも隣にきた路上生活者の匂いのほうが嫌だったのではないか。

 こうした見えない巨大な「汚い」よりも目に見えるより安全な「汚い」を嫌悪する人は、この日本社会にとても多いのではないだろうか。筆者自身、無自覚にそうなっている場面がないとは言えない。

 高度成長時代の大気汚染のように、放射能に糞尿なみの悪臭がついていたら世の中はどうなっているだろう、原発はとっくにやまっているのではないだろうか。それとも悪臭のなかで暮らすことに慣れてしまっているのか。あるいは、もしかしたら「良い臭い」と感じるように順応するのか。

 そんなことをとりとめもなく考えた次第である。

 

 

投稿者: miyakatu

ジャーナリスト

「東電から賃借している阿佐ケ谷地域区民センターで、路上生活者に「出て行け」と怒鳴った男性に思う」への1件のフィードバック

  1. 記事を拝見しました。怒鳴ったおじさんの「出て行け」。見下し感やご本人も気づいていないかもしれませんが差別意識。私は以前5年間路上生活の皆さんに炊き出しやパトロールの支援を行いました。その時に何度も同様の出来事に遭遇しました。それって想像力が足りないのだと思います。自分はその立場に絶対にならないと思っているのでしょうか。幾度かの場面を経験してそのように思いました。差別は人の心に生まれ育成されて、拡散されると思います。差別とは何かと自分が向き合っていく事が大切だと思います。記事の紹介とその場でのご発言に感謝致します。

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