首相記者会見「オープン化」を要求する新聞労連の声名を歓迎する

 新聞労連が12月2日、「オープンな首相記者会見を求める」と題して以下の声名を発表した。

http://shimbunroren.or.jp/20191202-statement/
(以下抜粋)

 …安倍首相は11月15日に記者団のぶら下がり取材に応じ、「桜を見る会」前夜に行われた後援会の懇親会費について、政治資金収支報告書に記載のないことは「政治資金規正法上の違反には当たらない」と主張した。しかし、明細書などの合理的な裏付けは示されず、その後、記者団が投げかけている追加の質問にもほぼ応じていない。

 また、15日に官邸で行われたぶら下がり取材は、開始のわずか約10分前に官邸記者クラブに通知されたものだった。今回の問題を取材している社会部記者や、ネットメディア、フリーランスなどの記者の多くは参加することが困難で、公正さを欠く取材設定だった。

 新聞労連は2010年3月に「記者会見の全面開放宣言」を出している。そのなかで示した「質問をする機会はすべての取材者に与えられるべきだ」との原則に基づく記者会見を開き、説明責任を果たすことを求める。記者クラブが主催する記者会見の進行を官邸側が取り仕切ることによる問題が近年相次いでいる。公権力側が特定の取材者にだけ質問を認めたり、一方的に会見を打ち切ったりするなどの、恣意的な運用のない状態で、オープンな首相の記者会見を行うべきである。

 また、多岐にわたる疑惑を確認するには、十分な質疑時間の確保も必要だ。報道機関の対応にも厳しい視線が注がれており、報道各社は結束して、オープンで十分な時間を確保した首相記者会見の実現に全力を尽くすべきだ。

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 日本が真の民主化をはたすことができない原因のひとつに「記者クラブ」の問題があると筆者は常々感じてきた。公権力の有する情報は、特定のメディア企業にだけ独占的に提供され、あたかも「報道の自由」があるかのような錯覚のもと、社会に流される。巧妙な情報操作である。そこにかかわる記者クラブ記者自身も、自身が情報操作に利用されていることを自覚できる者はまれである。

 韓国にも日本統治時代につくられた記者クラブがかつて存在した。同国ではこれが民主化の障害になるとして撤廃することに成功した。現在、地球上にある「報道の自由」を標榜する国家で、このような「自由」と矛盾する制度をとっている国はほかに見当たらない。つまり、現代日本における「言論の自由」「報道の自由」はまがいものにすぎないということになる。
 
 記者クラブの開放運動は新聞社などの企業の壁を超えたジャーナリストの連帯運動でもある。今回の新聞労連の声名を、いちフリージャーナリストとして歓迎したい。

投稿者: miyakatu

ジャーナリスト

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