朝鮮戦争完全終結の道を―カーター元米大統領

 北朝鮮問題に関するジミー=カーター元米大統領の声明が、カウンターパンチに掲載されています。翻訳して転載します。

https://www.counterpunch.org/2017/09/21/stop-the-war-like-rhetoric-its-time-to-talk-to-north-korea/

「いまこそ北朝鮮と対話せよ」
ジミー=カーター

 ワシントンとピョンヤン間の応酬はここ数ヶ月の間で激しくなり、すでに敵対的だった両国の関係を激震させている。平和的な対話のチャンスが消えかかっている。

 わが国(米国)がすべきは、好戦的な論理を振りかざすのを控え、北朝鮮とほかの国――特に中国とロシア-の対話を促すよう努力することである。

 先日、国連安保理は無記名投票で制裁決議を採択したが、結果これらの国々が(平和的解決の実現を)助けてくれることがわかった。

 どんなことがあっても核の応酬だけは避けなければならない。あらゆる国は、北朝鮮が平和的でいる限りにおいてはいかなる軍事行動もとらないむね、同国に対して保障すべきである。

 私はこれまで3度北朝鮮を訪ね、政治的リーダーと20時間以上にわたって米朝関係について対話した。

 94年6月、私は危機的状況のなか、キムイルソンとあった。そして、北朝鮮の核に関するすべての計画をIAEAの厳重な監視下におく、米朝間に平和協定を結ぶ、韓国大統領を含めた首脳会談を開く、同国に埋葬されている米兵死者の発掘を促進する、朝鮮半島の緊張緩和に向けたいくつもの手段をとる―という内容で合意した。

 私の訪問からまもなくしてキムイルソンは死去した。後継者のキムジョンイルは、彼の父がした約束を尊重すると私やワシントンの政治指導者に伝えた。

 合意事項は、後にジュネーブで開かれた交渉で、ロバート=ガルーチ(米国務省北朝鮮核問題担当大使)らクリントン政権の代表によっても正式に確認された。

 2010年8月、私は北朝鮮指導者の招待によってピョンヤンを再訪し、拘束されていたアイジャロン=ゴメスを帰国させた。

 2011年5月には、アイルランド、フィンランドの元大統領、ノルウェイの元首相らからなる訪問団のリーダーとして訪朝し、食料難に遭っている人への直接的食料援助を確約した。

 これらすべての訪問の間、北朝鮮の人は、米国や隣国との平和的関係を望んでいると強調した。しかし、米国が専制攻撃を計画しているとも信じていた。 

 1953年の朝鮮戦争終結以来つづいている停戦協定を、平和協定(特に米国との間における)に置き換えたいと望んでいた。そしておおきな損失をだしている経済制裁を終えてほしいと望んでいた。

 彼らが私たちにはっきりといったのは、米国の軍事攻撃にそなえて、ソウルの大部分を破壊し、またその他の方法で激しく反撃する能力を持つ、それが彼らの最優先課題だということだった。

中国のピョンヤンに対する影響力は、2011年にキムジョンウンが指導者になって以来、大きく減少しているようにみえる。

 米国と北朝鮮の平和構築は緊急の課題だ。この危機的な対立を終わらせられれば、米国は1953年以来の停戦を恒久的和平条約に置き換える条件をととのえたことになる。この点を米国は北朝鮮とほかの同盟国にたいして明らかにすべきだ。

(この声明はジミー=カーター元大統領によって8月10日にだされた)

投稿者: miyakatu

ジャーナリスト

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