「両論併記」理由に「特別秘書」問題の放送を見送った在京民放番組の考え方を考える

 東京都知事特別秘書の給与額が非公開にされているのは不当だとして、非開示処分の取り消しを求めて提訴した問題は、NHKや朝日新聞、JNN(TBS系)などが報道し、その影響か当ブログの閲覧数も普段の数十倍に増えた。情報公開をうたう小池都政が自身と深く関係のある問題では情報を出し渋っていることに、すくなからぬ市民が大きな疑問を持っている証拠だろう。

 こうした世論の動きを察知したのか、ある民放の番組担当者から連絡があり、取材をしたいので協力してほしいとの申し出をうけた。決定ではないが、はやければ月曜日に放送したいとのことで、当方の土日の予定まで確認した。私とすれば、裁判開始前に小池知事が給与額を開示する判断をすればそれに越したことはないので、全面的に協力する旨意向を伝えた。
 
 ところがその後、すくなくとも月曜日の放送はないとの連絡があった。いろいろと事情があるのだろうが、言い訳として担当者が口にした言葉が気になった。

「うちとしたら両論併記なので、都の言い分がとれないと放送はむつかしい。都はなかなか連絡がつかない」

 そうした趣旨のことをいったのだ。だから放送はむつかしいという。これは担当者の考えというよりも、番組プロデューサーあたりの考えなのだろう。
 
 むろん、都の見解を取材するのは重要なことである。しかし、問題は都が情報をださないことにあって、それは明白な事実である。裁判というのは、私にとっては情報を得るための取材方法の一つにすぎない。

 すくなくともジャーナリズムなり報道を看板にかかげて仕事をするのであれば、都がどんな言い訳をしようが、「その隠している情報をだしなさい」と世に問うのは当然で、都の言い分が取材できないからといって見送るのは理屈にあわない。もっとも、特別秘書の給与額など知りたくない、興味がないというのなら別だが。

 都の言い分が聞けないことを理由に放送を見送るというのは、結局都の情報隠しに同情し、協力することにほかならない。報道を看板にして仕事をするのであればかなり格好の悪い行動である。まさかとはおもうが、かりにその「格好悪い」という意識すら、番組を支配する者や現場の取材者がもっていないとすれば、日本の報道界の質低下は深刻である。

 放送が実現するかどうか、もうしばらく様子をみたい。

投稿者: miyakatu

ジャーナリスト

「「両論併記」理由に「特別秘書」問題の放送を見送った在京民放番組の考え方を考える」への1件のフィードバック

  1. 現場サイドは報道したかった。しかし、上が…
    いつものお決まりの結論に至ったみたいですね。
    両論併記は都合の良い言い訳にしか聞こえません。
    三宅さんだって裁判を望んではいないと思います。
    小池さんは、そもそも、情報公開を売りにしていたわけですよね。
    化けの皮が剥がれたわけですね。
    裁判には労力を要する事ですが、裁判になれば応援させて頂きます。
    頑張ってください。

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