詫び文掲載を拒否した『ZAITEN』の落日

 5月30日、月刊『ZAITEN』7月号が筆者の自宅にとどいた。ざっと目をとおした筆者はがっかりした。同誌6月号掲載の「大東建託」に関する拙稿で、筆者のゲラ確認後であるにもかかわらず編集部の独断で3ヶ所にわたって文章が改変されるというできごとがあった。その不始末に対する詫び文を期待していたのに、どこにもみあたらなかったからだ。

 本ブログでも報告した問題である。

「フリージャーナリストのストレス」http://miyakekatuhisa.sakura.ne.jp/wp2/archives/2346

 意図せぬ改変に気づいて編集部に問題を指摘した際、編集長のM氏から連絡があり、中野駅前の喫茶店で話しあった。M氏は非を認めた。そして詫び文の類を掲載してほしい旨筆者が求めると、「検討する」「考えてみる」と前向きな答えをした。

 その後編集部から連絡はなかったが、当然なんらかの訂正文なり詫び文を小さくとも掲載するだろうと考えていた。そのような口ぶりだったからだ。

 ところが今回とどいた7月号には何一つそうした文はみあたらない。手紙でも添えられていないかと封をひっくり返してみたが、なにもなかった。

 すぐに編集部に電話をしてM編集長を呼んでもらった。電話口にでたM氏に「詫び文の類がのってませんね」というと、「そうですね・・・」と口ごもるようにいい、折り返し電話すると言い残していったんきれた。

 しばらくしてからかかってきた電話でのやりとりはおよそ次のとおりであった。

 三宅 詫び文が載ってませんね。

 M ええ。掲載しないことにしました。

 三宅 なぜ?

 M うちの雑誌としてそういうものを載せるのはおかしいので。

 三宅 先日お話したときは検討するとおっしゃった。

 M ええ、持ち帰るといいました。

 三宅 持ち帰ってやらないというふうに決めたと

 M そうです。お話しして謝罪したじゃないですか。

 三宅 詫び文を掲載してくださいと申し上げて、それをされないんであれば和解したことにはならない。

 M ブログで書かれていますよね。

 三宅 そのことと詫び文のことは関係ないと思うが。記事について言いたいことがあれば記事で反論なりされたらどうか。

 M そのつもりはない。

 三宅 詫び文の掲載はひきつづき要求したい。また私個人に対する謝罪を明文でほしい。こちらから文書で要求事項をお伝えしたい。

 M わかった。

 
 M編集長は、「三宅さんはもうウチでは仕事しないとおっしゃっているんでしょう」と笑いなが言った。予想外の発言で驚いた。思ったとしても決して口にしてはならないことを言ってしまったと思った。中野の喫茶店で「申し訳ない」と言っていたときとはまったく異なるいささか横柄な物言いに感じた。

「そんなことはない。書かせてもらえるなら仕事はしたい。だからこそ信頼関係を大事にしたいのだ」

 私は言った。それはそうだろう。編集部のほうから原稿を依頼してきておきながら、不手際を指摘すると「もう仕事はしないのだろう」と開き直る。カネがほしいのならこれ以上文句を言うなといわんばかりである。礼を失しているにもほどがないか。 

 書き手を軽く扱うということは、雑誌の価値をみずから貶める行為にほかならない。『ZAITEN』では過去に何度も仕事をしてきたが、今回のような出来事ははじめてである。背景にどのような事情があるのかは知るよしもないが、同誌の凋落を感じざるをえない。

投稿者: miyakatu

ジャーナリスト

「詫び文掲載を拒否した『ZAITEN』の落日」への1件のフィードバック

  1. 三宅さんとZAITEN編集長のやり取り拝見しました。
    実は以前この雑誌を定期購読した事がありました。
    こう言うやりとり見てがっかりしますね。
    三宅さんの所に出向き話合いをされた所までは誠意を感じますが、その後の手のひら返しには納得できないですね。こんな事していたらZAITEN信用なくしますよ。それに書き手を大切にしないのは、致命的だと思います。書き手を大事にするとか以前の問題で信義誠実に反します。わかった上での事であろうかと推察しますが。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください