フリージャーナリストのストレス

 筆者が5年勤めた『山陽新聞』(本社岡山市)を退職したのは2002年だが、その理由のひとつは新聞記者の仕事のやり方に大きなストレスを感じていたためである。過密労働もあるが、それよりも、自分の書きたくない記事を書かされ、また、自分の書いた記事に意図しない形で手を入れられるということが日常化しており、たいへん不愉快に感じていた。

 フリーになってからそうしたことがなくなったわけではない。ただ嫌な記事を書く苦業から逃げることははるかにたやすくなった。また自分の書いた原稿に不本意な格好で手が入れられることに対して、以前よりはるかに抵抗しやすくなった。

 たまに執筆している『週刊金曜日』の編集部はたいへん筆者の意向を尊重する文化が定着したところで、原稿に手を入れる場合は、編集者との間で議論し、合意したうえで表現を確定する。

 先日、ひさしぶりに新聞記者時代には日常的に感じていたような「勝手に直された」類の強いストレスを受けた。もっとも、新聞記者のときも、最終ゲラは確認したから、印刷されてはじめて知るというのはまれであった。今回はそれよりもひどいといえる。

 雑誌『ZAITEN』(旧財界展望)の依頼で大東建託に関する記事を署名入りで書き、6月号に掲載された。取材費は原則でないということなので、手持ちの取材内容をもとに、「悪徳商法」と言わざる得ない業態がもたらしている現場報告に私見を加えた記事にした。

 原稿を送ったのち、「高齢者被害に焦点をしぼってほしい」という編集部の意向を受けて、書きなおして送り直した。やがてゲラがあがり、そこに手を入れて戻した。担当の編集者からは受領したむねの返事があった。

 この業界の常識では、筆者が直しを指示した内容にそって校了する。もし問題や疑問があれば、筆者に確認をとる。少なくとも筆者は、適当に手直ししてもよいなどといったことを伝えた覚えはない。

 ところが出来上がったものをみて驚いた。ゲラで直しを指示した内容と大きく変わった部分がいくつもあったからだ。

 たとえばこうだ(上段が筆者が編集部に指示した内容、下段が編集部が筆者に断りなく直して印刷された内容)。

 多田(勝美=創業者)氏は11年に保有株を売却して役員を引退した。

 多田氏は11年に保有株を売却して★会社を去った★。

 
 業態に無理があることを知って早々に「手じまい」したのかもしれない。

 ★創業者が自身の利益を確定させて引退したことをどう考えるべきなのか★。

・・「大東建託商法」への注意喚起★のほうが重要ではないか★

・・「大東建託商法」への注意喚起★も重要なはずだ★

 いずれも文意に影響する大きな変更である。「役員を引退」したまま、権力を持っているというのと、「会社を去る」はぜんぜん意味がちがう。「業態に無理があって」手じまいしたのではないか、という筆者の分析部分が、まったくちがった話にさしかえられている。

 署名入りで、かつ取材費もなければ編集部の取材協力もない、完全に筆者に依存した記事である。筆者の信用を損ねているのはもちろん、
『ZAITEN』の信用問題でもある。

 この手のストレスはだまっていては体に悪い。とりいそぎ事情説明を求めるために担当編集者に質問を送った。  

投稿者: miyakatu

ジャーナリスト

「フリージャーナリストのストレス」への1件のフィードバック

  1. 三宅さんへ
    仰る通り、意味が全く違いますね。
    どうしてこのように書きかえられたのでしょうか?
    ZAITENからの返事もお伝え下さい。
    返事が来ない事は無いだろうと思われますが。
    しかし、納得のいくものではないかもしれませんね。

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