共謀罪の企てに抗う意味

 警察権力がいつでも誰でも拘束し、家宅捜索できる。いわば人間狩り法とでもいうべき共謀罪が国会に上程寸前の状況にある。過去3回廃案になりながら、こんどは「テロ等準備罪」と装いを変えて4度めの企てを試みている。「テロ等」とあたかも「一般人」には関係のないような響きがあるが、じつは普通のメーリングリストや親睦団体が、捜査機関の判断ひとつで犯罪者集団とみなされ得ることが、27日の衆議院予算委員会での法務大臣答弁ではっきりした。

 ★衆議院TV 山尾志桜里委員の質問部分参照
 http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=46634&media_type=

 この法案が上程され、成立してしまえば、日本は正真正銘の非民主的な警察独裁国家への道を進むことになるだろう。それは米国の属国・植民地という惨めな地位に、みずから積極的にとどまる道でもある。

 1868年の明治維新という暴力革命によって権力を集中にした明治政権は、その最初から批判勢力や民主化を求める運動の弾圧に腐心してきた。讒謗律、新聞紙条例、集会条例、出版条例にその原点をみることができる。憲法制定や国会開設に難色を示しつづけ、五日市憲法や植木枝盛私案など、民衆がつくった憲法草案に脅威を感じたあげくに、伊藤博文らが密室でつくりあげて天皇の権威をかりて既成事実としたのが「大日本帝国憲法」であった。
 
 アジアへの侵略戦争が失敗した後も、この権力構造は米国の侵略戦争に加担するという形で生きながらえ、こんにちの安倍政権につながっている。
 
 共謀罪にあらがうということは、日本社会の民主化であると同時に、真の主権を求め、独立をめざす運動にほかならない。

投稿者: miyakatu

ジャーナリスト

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