「議員の政治活動の自由」の名のもとに政活費の政治流用を黙認する杉並区

 杉並区議15人と2会派の政務活動費の使途に違法なものがあったとして約1000万円の返還を求めた住民訴訟の口頭弁論が2月17日にあります。筆者は現在、被告(杉並区長)の答弁書に対する反論の文書を作っているのですが、作業をしていて気づいたことがあります。

 選挙目前の集会に代議士を呼ぶなど常識でみれば政治的な催しであるにもかかわらず(政治目的には政務活動費は使えない)、そうではない、政務活動なのだと断言して全額政活費で支出することを容認し、その理由のひとつとして「議員の政治活動の自由が保証されなければいけない」というのです。

 政治活動に使ってはならない公金について議論しているときに「政治活動の自由」を持ち出し、そして政治流用が疑われる分野に公金が使われるのを許すというのは一種の詭弁だと思います。

 公金をつかって「政務活動」の名のもとに政治活動をやれるのなら、それこそ現職議員の候補が選挙を有利にできることになります。そうでない候補は資金力で現職にかないません。それこそ不公平・不公正な選挙になり、民主主義が根底から崩れることを意味します。

 詭弁を崩すのは労力がいりますが、モノを考えるよい機会でもあります。

投稿者: miyakatu

ジャーナリスト

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